いろいろかつどう

休憩の30ぷんを使ってぼくは風呂に入るべき、せめて洗顔すべきと思いますね。歯は磨いてきた。ビーワイルド、ひよこになりたい。※パクリ
 
仕事を終えた後、今日はjavascriptの勉強の講座を受けにいった。
会社で言われてとかそうゆうのではなく、まあずっとむかしから登録しているオフィスワーク系の派遣の会社がとてもしっかりしているので、こういう情報がメールで入ってくるんだけど、無料だったのでついに行ってみることにしたのでした。
おもしろい!はらへった!おもしろい!
 
最初のほう常識的なことばっかだったから安心してゆっくり理解できたけど、駆け足で最後のほうさっぱりわかんなかった。でも二時間たってたのかー、勉強ってたいへんだな!
 
ぼくはあまりに元々の頭の回転ポテンシャルがよわいしプレッシャーに鬼のように弱いため、本当に制限時間のあるテストとか、そういうの勘弁してほしいぐらいうまくできない人生をおくってきたんですけど、
勉強自体は 好きっす。
 
文字を書いてる時間とかすごい好きだし。自分の考えをまとめるために 何枚も紙を使って情報をどんどんまとめ直して書き直す、っていうのもすごい好きです。
勉強している、わかっていく、っていうプロセス自体がやっぱり人生のギフトだと思うんだ。
 
コーディング作業とかもねー、ご飯食べるのわすれるくらい、やっぱ作ってる過程がすきだなやあ。
仕様組み立てて、こゆう条件のときはこうなるようにプログラムしたら、うまくいくね、よしっ!
ってする感じもけっこうすき。
 
たのしー、まだまだ全然理解できとらんけど。
ぼくはゆっくり、ゆっくり確実に覚えていって、ある日ピン!とわかるタイプの人間っぽいので(経験上)、
まあ興味をわすれず たのしんで 重ねてゆこうとおもいます。
 
最近、言葉が降ってくると書きましたが、
深夜にハッ!て目覚めて、意味不明な文字列を「これや!!これしかない!!」って思ってメモとかツイートしてる癖がありますが、何なのでしょか、
手帳にぜんぜん読めないような文字で「あねりすぺくと vol.1」って殴り書いてあるんに気づきました。
ぜんぜん自分とわかりあえない
 
とりあえず考察
 
oO(弟よ、姉は、姉は、潜在的にリスペクトされたい…
  それも…複数回にわたって…)
 
 
選んだ道も選ばんかった道も自分の歴史となる、
おれは、やらなかったんじゃなくて、やったんだから、
と言って明日にでも死ねますようにしておきたいれすね。
 
それにしても、お風呂っててんさい。
今朝おもくそアラームきこえなくて寝坊して、せっかくのゲストハウスの風呂、入りそびれたけんな~
 
ねむけクライマックスな中、
映画を2 みました。
 
◯映画「サクラサク」
福井県が舞台の映画ですね、前職のとき、少しサイトにたずさわりました。ぼくは大したことはやれてないけど、やっとみれました。うれしい。
映画の色みってやっぱ特別にこだわられているんだなーって思う、ここ通ったことあるー!っていう道もすげー映画映画しとるもんな、
 
あした、自分が自分を覚えてないこともあるかもね、明日、あなたがぼくを覚えてないことも、
でも生きるってそゆうことだね。
ただ、ただ、さみしいくって、かなしい、それはきっとたしかだね。
 

若さを嗤わず 老いを恨まず
いつか 来た道 いつか 行く道
いのちを恥じず 命におびえず
永い永い坂を 黙して独りゆく
 
心に咲く花は 季節を選ばない
与えられし命 悲しきもまたよろし
 
(残春/さだまさし)

 
やっぱ田中さん、田中監督は・・・ものすごくまっすぐなロマンチストだなあ、と思う映画でした。うんうん
まっっすぐだわ。
でもなんかすごいのは、監督の映画は、まあ少しでも関わったからというのはあると思うんだけど、見終わったあと、必ず何かひとつは、とても鮮烈で芯に残るメッセージが、かならずある・・・
「精霊流し」の内容ほぼおぼえてないけど、一言だけ芯に残っているメッセージがあるんだ、でも、それでいいんだと思う、ぼくはもし自分の作品が、その一部だけでも、ずっと何か誰かに与えつづけられることができたら、それが最高のことだと思う、
それがその作品のものだとか、その人が忘れてしまってもいい、その人のなかにきっかけとなって、影響して、その人の解釈で理解され、咀嚼され、その人の生き方に影響する、
それって最高のことだと思う、
僕もそうやって愛してゆきたい、
ってあれ、AM1時、あれ、やばいんですけど、
 
もう1ぽんみますわ、
ピナはじまっちゃったからさ、
 
 
◯映画「Pina ピナ・バウシュ 踊りつづけるいのち」
むちゃくちゃおもしろかった。これもやっとみれたね。よかった。
映画館の予告編で見て、期間中映画館へ行けなかって、わざわざ鳥取あたりまで映画のために旅行しようとしたこともあったっけな。笑
それでも見なかった。なんでだろねー。面白い
まあ映画とゆうものに使うリソースつまりお金・時間・こころの余裕・いきおい などなど、がなかった、それだけなんだ
 
?Que Te Pina?
 
連続のなかに生まれるイレギュラー、その面白さ、ふだんべつべつにある継続と、それぞればらばらに存在している連続とイレギュラーの混在する空間で、ある時、それらがふいに噛み合う、瞬間、
だと思いました、はじめて安井宅でピナのカフェなんたらを見せてもらったときに、
やっぱり、すっごく、おもしろい、
人体はおもしろい、肉体は高笑いしたくなるほどに、素晴らしい、
 
どんなに機械のように繰り返しを完璧に行おうとしても、いな、機械ですら大気内に存在している抵抗を受ける物質である以上、1度目と2度目は決定的に何かが違うはずで、つまり人間もかならず、繰り返しのなかにイレギュラーが生まれ続けるはず、と思っていて、
ぼくはそれを、美、だと思います。
どれだけ省こうとしてもメンテナンスをし続けねばならず、どんなに保とうとしてもいつかは壊れる、
その手間は、やはりそれ自体で一種の愛であり、美だと思います。
 
そしてそれら全て、少しずつ、少しずつ「完璧でないずれ」、「完璧でないずれを重ねることで生まれるずれの連続性」、条件が一つ、またひとつかさなりつづけていくことの、予測不可能な、唯一性、そしてそれは、永遠、だと、
ぼくはこの映画や、ピナの振りつけたダンス(かどうかあまり知らないのですがそう呼ぼう、)を見て、あらためて、思いました。
 
…脳にどんなだまし絵を描けるか…ひとつの目の位置をどのようにつくりだすことができるか…そしてそれはよき人にコントロールされるべきだろう…ブツブツ…
 
うん、、色、、画の中の色がものすごくいいなあ。抜群バランス、舞台をつくるときもきっとすごく考えられるのだろうなあ。
 
 
あ、なんかわかってきた、深夜になると、「あねりすぺくと vol.1」がじわじわスゲーよく思えてくる、、なんでだろう、、すごい
あしたAM中納品やけど起きれる可能性はどのくらいカナ〜かなかな
い、いや!!起きっし!!

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