仕事が終わってから、四条に買い物に行く。
靴屋。私は別に買うものはない。
松屋。キムチ丼てきな。
三条まで歩くのはいつものコース。
そこから、鴨川沿いを歩く。
手が
離れることはないけれど、繋がることもない。
それが全てだった。
ねえ?あなた。
友達に電話した。
「あいむヒアー! …で、お前はそれでいいのか?」
なるほど。
寝る。
明け方、友達から電話がきた。
「…ムリ!」
うけた。
たくさん話した。
寝不足すぎるけど、何とかしよう、と思うのだ。
犬
「手紙を書いた。部屋の中で帰りを待つ。
それが最後の手紙になった。
今日は機嫌が良い日、私は嬉しい。
洗濯物干してよ、と言われ、喜んで干す。
お寿司を食べに行く。スーパーで買物をして帰る。
ぶどうゼリーをあーんして食べさせてもらう。
パソコンをいじる後ろ姿を抱きしめる。
まんざらでもない様子。
流してくれる音楽は、私が彼に宛てた歌。
「そして僕は途方に暮れる」
「裸の君の笑顔をもう一度メチャクチャにしてやりたい」
それらを、流しながら二人で一緒に歌う。
少しだけ抱き合う。すぐに、ハイおしまい!と止められる。
アラームが鳴る。帰らなくちゃ。
でも、帰りたくない。どうしても帰りたく、ない。
抱きつけば、そのままでいてくれる。
どんなに一時的な愛情でも、私は、ほんのそれだけでも、
最後の最後まで、手放す決断が、できなかった。
次に起きたとき、終電が無くなっていた。
起こしたほうがよかったかな?って彼は言う。
ううん、大丈夫。私はこたえる。
自分で自分に傷をつけていることが、わかっている。
それでも、その言葉が。起こさずにいてくれたことが。
なんてみっともない、みじめな、それでも唯一の、
私の生きる、喜びだったことだろうか」
フイのことば
朝、駅のホーム。
間違いなく積もっていくわだかまりに 殺されそうになりながら、
電話をくれた友達と、少しだけ話した。
いつも通り、何でもない話をするんだけど、不意に、
全然話題と関係ないタイミングで、
「あすみ、元気か?」
って、優しい声で言われて、 胸に がつんとくる。
涙で目が潤んで、前が見えなくなるけど、声色には出さないように、堪える。
うれしかった。
それでも、何も変えられなかったけれど。
別の友人はこの前日、私にこう言った。
「お前がそうしていることで、お前自身が傷ついてる、ってことに気づいてるか?
俺らに言ってることが、何も実行できない自分に。」
それでも、
私は、最後の最後まで、何も変えられなかった。
ぎりぎりのところまで、もしかしたら、もしかしたら、って、思っていた。
続けたって、自分が傷つくばかりで、幸せになんてなれないこと、わかっていたのに、
やめられなかったよ。
でも、この日、この朝、
確かに、思えたんだ。
私は、愛されてる、って。
決定的なきっかけではなかったかもしれない。
でも、私のことを愛して、信じてくれている、すべての人の、
少しずつ、少しずつ関わってくれてきていた その力が、
間違いなく、私のなかに蓄積していたように、思う。
そして、この日、この朝、
確かに私の中の何かが、変わったんだと思う。
えいよう
いぬさんのご飯!!!
うます!!
しゃわわせ。
いぬさんはミントアイスにはまっていた。
そしてそれを私にもくれた。
どうしても明け方、目が覚める。
いつか解放されるのだろうか、と思う。
でも、目が覚めても夢の続きなのだから どれもこれも現実なのです。
いぬさんがまたベリーのジュースを入れてくれる。
いぬさん起きなくてもいいのに起きてくれてる。気がする。
一緒にベイブレードのアニメをみる。
短いバイト二日目。
今日の心の重さ、は最悪だった。
倍々、が始まるところが早すぎた。
仕事は楽しい。みんな、優しいし真剣だ。かっこいい。
しかし、眠れてないせいで体調もどうしようもなくて、早引きさせてもらった。
自己管理がなってない。本当にそう。ごめんなさい。
電話をした。
ナントカ市場?
信じられなかったけど、信じたくてたまらなかったこと。
本当に心がすごく軽くなってしまったこと。
夜になって、電車に乗った。 私はどこへ向かうつもりなのか。
信じられないものを信じる、それは、身を削ってでもやることなのか。
自分がどんなに傷ついても、やることなのか。
私にはどーしても、どーしても、最後の最後まで、
わからなかったよ。
ただ確かなことは、
私には、すごく優しくてかっこういい仲間や、友達がいて、
一人の彼はこう言った。
「お前には足がついてんだろ」、って。
倍々ゲーム
野菜 一日 これ一本 の空パックを 大事に飾っております。
ゆるキャラのつもりはないけど ゆるキャラって言われて嬉しい。
お父さんに久しぶりに電話して怒られる。でも、愛があるから嬉しい。
短期のバイトの話をいただいて、働き始める。
私にも何かできればいいなと思う。
いぬさん(フレンド)のくれた のむヨーグルトがおいしい。
一日が始まる時から、苦しみの倍々合算が始まる、
一日が終わる頃には、首筋が痺れて感覚が無くなっているくらい、胸が鉛のように重くて。
忘れたつもりでやり過ごすことができれば、どんなによかったかな
でも、何も無駄にならないというのは本当なんだ。
働いてみて、久しぶりに思い出した。
この短期のバイト、上に立つ人が素晴らしい人ばかりで、私は本当に感動した。
目的に向かって 真ッ直ぐに やることを、自分で考えて、自分で動いて、下の人たちにお手本を見せるように
下の人たちが働きやすいように 指示をだす。
ああ、ついていこう。ってみんな思う から 素直に頑張る。
かっこういい。
仕事って、いいな。
彼は言う、お前には足がついてんだろ。って。
アルフォートがアルフォト(あること)がうれしい
ですって。
くっだんねー
見つめる私に
「ナニ顔??」
「当ててみて!」
くっだんねー
もうしません。
チャリが二日連続で撤去される。
今までは置いといて大丈夫な場所だったのに!(わるい奴の言い分)
一回取りに行くのに、¥2300+片道電車賃¥150。
二回分で 計 ¥4900。
うわ 何してんだ。
もうしません。
一回目はね、琵琶湖疎水との出会いがあって、
めたんこにきれいな 川沿いの満開の桜を眺めて、
散歩中のじーちゃんと話して、
すっげー素敵な 面白い 美容室に入って髪の毛をちょとだけ切ったり染めたりして、
良かったのですが。
二回目はただのバカでした。
くっそー!
たかだか220円ですが、撤去代よりはずっとがマシなのでこれからはちゃんと駐輪場使います。
今まで無料の駐輪場あったのに。 くやしい!
HELL部etica
精算 仮
2010年10月末、私は何も知らなかった。
それから訪れた地獄のような日々、私にとって自業自得の日々。
私はたくさんのことを知った。
たくさん人間について知った。
新しい当たり前と、気づかなかった自分自身について。
何度も何度も死のうと思ったし殺そうと思った。
何度も何度もすがりつこうとしたし、振り解かれれば憎しみが爆発した。
かなわないならやめようと思った。
愛されないならやめようと思った。
それでも生きている。
それでも誰かを愛したいと思っている。
私がリビングで泣いていたのを、
「ほら行くよ」って玄関まで連れていってくれたあの手。
あれが、愛だと思う。
忘れない。忘れない。
人間は、忘れることができる。
あの身を焼くような憎しみや、激しい恋情や、嫉妬。
ぜんぶひっくるめて私であり、私は人間である。
「スマートに」なんて、「効率よく」なんて、「お互いのために」なんて、みんな言うけれど、
このドロドロした感情のポテンシャルを絶対持っていて、
時にそれが噴出してしまって、そんな自分に苦悩し、葛藤し、
誰かのためにって言いながら、為りたい自分に為る為に、堪え続けるのが、
人間であってほしい。すべての人間で、あってほしい。
あれが狂う
死にそう
な状況の中 気づいたら三日が経過していた。
びっくりした。
びっくりしたと同時に、「ああ…でもまだ、三日しか経ってないのか」と思った。
地獄のような心境のときは一分一秒が恐ろしく長い。
自分の心臓の音しか聞こえなくなる。
音楽どころじゃない。インターネットどころじゃない。
目の前のこの時間をどうやってやり過ごせばいいかがわからなくて目の前が真っ暗になって、
うずくまって、耳をふさぐ。心臓の音をただただ、数える。
いーち、にーい、さーん、…
数えるのに慣れてくると数えながらいやなことを考えてしまう。
目を閉じていると長く感じるから開くが、目の前の世界が怖くなってまた閉じる。
その繰り返し。
そして、それも耐えられなくなって、ぶり返し。
涙が流れる間はまだいい。涙が、悲しみや 何かの感情を溶かしてくれるから。
本当にキツイのは、涙も流れてくれないとき
考えが頭を、ぐるぐる、ぐるぐる回って、
「でも」、「どうして」、「もしかしたら」、「でも」。
最終的に、「こんなに苦しいのがずっと続くならやめたい」。
やめられるもんならやめてみろよ。頭でっかち。いくじなし。
とりあえず今のところは、春の陽が照っているし、
ほんの少しの希望を、自分で勝手に むりくり、思い込んでいるところだから、ギリ大丈夫。
やることをやる。やれることをやる。
陽が落ちるまでに。
陽が落ちてからは、たぶんまた戦争だ。
あああ あれがくる あれがくる。
とりあえず、
マニキュアをリムーヴ!
三日ぶりにシャワーを浴びて頭を洗う。
ムダ毛をリムーヴ!
したところで、自分の中の問題が解決しない限り 気分はあんまりさっぱりしないんだろうけど、
浮浪者のようななりでいつも歩いているので(最近は目つきもちょっとヤバイっぽい)、
その浮浪者感をあっぷするのはとりあえず防ぐ。
あー着る服がない。
お腹があんまり空かないのが、問題。
限界に眠いのにすぐ嫌な夢を見て汗だくで目覚めてしまうのも、問題。
でも、望みがなくても、少しでも、欲しい愛情に包まれているあいだと、
思い込んででも、少しでも、望みを持てているあいだは、
五月蝿かった心臓が、しんとなって、お腹が空いてくる。
この瞬間に生きている。と思う。
私は、何をまた繰り返しているのか。
前もやったじゃん、これ。
馬鹿みたいだ、いや、馬鹿なんだけど。
わからない、です。どうして 辛いのにやめられないんだろうねえ。
やめられないねえ。
あっはっは。
漫画「ヤサシイワタシ/ひぐちアサ」 の中にある表現が、自分なりに、今わかった。
答えを間違うと、風船が膨らんでいく。焦りばかりがつのって、また間違う。
うわあ、もういやだ、破裂するならしてしまえと思って、めちゃめちゃになって、わけのわからないことをやる。
しぼむのを、待てばいいのにね。
BGM:Syrup16g「デイパス」
この曲は、大学入って以降ずっと、私の人生のテーマ曲(なんか語弊があるけど、うまい表現が思いつかないのでこれで)です。
ほんとに、コンスタントに、一番好きな曲。
Syrup16g – デイパス
https://www.youtube.com/watch?v=wkA-W0hvg54
しろうとしこうと
私は、何でも影響をうけやすい。
他人が簡単に自分のコア部分に侵略してくる。私はそれを大概楽しんでいたりする。
ただし、コアの大部分を他人任せにしているため、肝心の私の中身はスッカラカンで、安定しない。
潜在意識にひそむ既存物を、私が私の中に私の一部として取り込んだあと、私は、アウトプットをする。
よーするに一種のパクリで生きています。
パクリというと
商業のパクリはそりゃマズイと思うけど、思想としてのパクリをいけないとは全く思わないため、
そして可能なら商業のしがらみからできるだけ離れたいと思っているため、
パクリは本来、あたりまえで、普通で、たのしいものやと思っている。
でも、せっかくオリジナルを作ってくれた 人が、傷つくのなら、しちゃいけないと思う。
うわさ話も、隠しごとも、誘ったり誘わなかったりする人間関係の色々、「空気読む」ってやつも、
ようするに、一人一人されてヤなことの度合いも種類も違うから、全体のルールよりも、
その人が嫌ならしないであげるべき、っていうほら あの あれ です… えっと、うん。
思いやり? …私にとって心底、難しい、けど。
日本人の文化は、素晴らしいイイトコパクリの文化じゃないのかなって
まるまるコピーしがちなどっかの文化とはまた違う、外のものから、新しいものを、適切にリクリエーションする。
私はじつに日本人で、この国のそういう所が大好きだししっくりくる。
ただし私自信は想像力とアレンジ力があまりにも無いため、パクって何か作っても原作以下の個人趣味に落ち着いてしまうんですが…
バンドにしろ同人誌にしろ、版権か版権でないか、なんて、そもそもそんなに重要じゃないんじゃないか、と私は思うことがある。
本気か本気じゃないか、とか、受け手である客にとって素晴らしいかどうか、には直接関与するフラグではない気がする。
オリジナル曲をバンバンやってるバンドでも、見てて全然お金払う気にならないやつなんてごまんといるし、
コピーバンドしかやってない大学サークルの演奏で、うわコレ金払ってでももっと見たい!っていうレベルのやつもいるし。
だから、素晴らしいものをただ見たい!感じたい!と考えている私にとって、
いわゆる商業、マーケット、資本主義、的な概念が、けっこう邪魔だったりする。
いや、けっこう極論なのはわかっているんだけど…
コピーは最終的にもコピーやろうし。う”へ。
オリジナルやって盛り上がりにくいより、コピーやって盛り上がるほうがいい場合もあんじゃん!!
そのへんはあれだ、音楽のT・P・Oってやつっ!わかんないけど!
同人誌がどっかいった