帰るとこ


四日市にて。お店の看板。
色々つっこみたすぎてやばい
 
実家に帰ってきましたー
 

お墓参りに。 お供え用のお花
 
大学で一人暮らしして、から 久しぶりに実家に帰ると なんか落ち着かないなー、私よそ者みたいだなー、何もないから暇だなー、とか思っていたけど、なんか今回は違った。
すごく久しぶりなのと、滞在日数が短いせいかもしれないけど。
もっとこの家族と色々やりたいし、もっとこの町を眺めていたいと思った。
 
しかし午後7時に誰も外を歩いていないのは問題だと思う。
ええええええ駅の周りにすら人がいないいいいいい
 
街灯が少なくて、虫の音とウシガエルの鳴き声しか聞こえてこない暗い夜道は
都会で暮らしてすっかり衰えた本能にとって ただただ恐怖。
動物や自然、あるべきところから少し遠ざかっているのだなーと、
この道を帰るたびに、感じます。
 
これ 悪い人にばったり出会ってしまったら逃げようねえじゃん、とか普通に思ってしまう私は
都会に染まってしまったのか。
でも、実家にいた時のほうが 危ない目にあった回数は多いんす。
つまり油断大敵ってこと!
 
家のお風呂掃除をやったー。
いつも、家の掃除だとか全然手伝わなくて、言われなきゃやんない 言われても面倒がってやんない とか、そんなだったけど、
今回は 何かをしたい、って思ったノン この家のことを。 
たまにはね!たまには!
 
細かいお風呂掃除は、昔っから我が家の誰もやりたがらないので
かなり放置されててなかなか汚れが落ちなかったけども
それでも なかなかビフォーアフター ぴかりん なった、思う。
メラミンスポンジ最強説
 
お母さんが 掃除する私を見て、「疲れるならいーのよー」って言ったり「適当でいーのよー」って言ったり 何回も様子を見に来て、
あー ほんと こんな風に甘やかされたから私はこうなんだろうなー って思った。
まったく もうちょっと 色々やらせてくれたほうがよかったのだろう。
そーやって育った私 今 すごく苦労している気がする
いや、自分で調べたりもしてこなかったわけだから 自分のせいだけど。
何とかなってしまった からなあ
 
愛するって誰もかれも初めてで 難しいんだろうなあ
正しい形なんか決まっていないし。
でも、私は この家に生まれてよかったな。本当によかった。
みんな面白い。全員 変や。
 
思い出の善し悪しは 現状の満足度で決まるんだろうけど
今は そう思うよ。
 

弟が いいアコースティックギター買ってた。(ちなみに貰い物でエレキベースも実家にある)
小さめで かわいい。 とにかく軽い。 楽器のことは全然わからないけど(あ)、こんだけ軽かったらどこでも行ける!私も欲しいと思った。
弟は、会わない間に面倒見がよくなってて 男前になってた。とても嬉しかった。私も成長しないとなー
 
弟のギターをもじもじ ぺろんぺろん いじりながら、映画(とくにアクション映画)好きなおとーさんに、おすすめDVDを一本 見せてもらった。あまりに良かったので、DVDもらって帰ってきた。
タイトルは 「沈まぬ太陽」
幕間に10分間の休憩が挟まれるくらい、長〜い映画。
なんか始まってすぐ 涙がボロボロやった そして 主人公が男前すぎて そして その奥さんがすごすぎて ああ 日本人の真面目ダマシイとか、大和撫子って、やっべえな、それって果てしない美しさと 強さでもあるんやな、と。思った。
すごく難しいことだと思う。特に今の時代には稀有だと思う。
 
一回見ただけでは、頭の悪い私は時系列がめちゃめちゃになっていて
ちょっとわからなかったところがいっぱいあったので、もう一回見ます。
 
さて、映画を色々見たいなー、と思うにあたって、
一緒に見てくれる人が欲しいなーと思う私は やっぱり寂しがりなんだろうな
 

なんか弟のデスク周りがすごなってた。
あ。。。あなた。。。
とはいっても 弟は私と違い貯金ができる子だから文句は言えない。
ちなみに私の弟は ゲームミュージックが大好きで、パソコンで音楽を作るんよ。
げへへ 詳しいことはわからないが げへへ
 
朝の4時まで、弟と パソコンの前で鍵盤キーボードいじりながら、はしゃぐ。
「こうじゃね?」「もっと音こうじゃね?」「音のエッジが足りない!」「エッジ!?というと!?」
とか。
ああ 私は楽しみ過ぎた。 もうちょっと家事とかやるべきだったのかもしれない

どろ

汗がすっごい。
体からなんか土のにおいがして やばい。
 
実家に帰るが、チヨザキ っていう駅が、何回 電車内でアナウンスされても 「京橋」、にきこえてかなわんかった。
 
オーサカ。
 

じっかー
 

じっかー
 
あー 平和ー

アタマなくしても

いかんこのままではバカになる。
 
相手が 自分のどういうところに どのぐらい興味があるのか/ないのか、
そんなことは話していれば大抵わかるのです。
でもそんなことは大抵、その相手とは関係のないことなのです。
 
さて、そろそろ 実家に帰らせて
いただきます。
なんか最近、愛知とか三重あたりに縁があるっぽいので
そういう時期なんかなとか思ってみたりもする。
それとも世の中ぜんぶがそうなのか?
 
夏の
ミー エー
 
ウー ジー
ナー ラー
 
いかん、服が無い。洗濯さぼりすぎた。

しあわせ


 

 
かなしいことを かなしいと言えるしあわせ。
 
うれしい を 言わなくても伝わっているしあわせ。
 
新しいことが始まっている。
この長い時間の中で、私はきっと久しぶりにそれを感じている。

まごころ

つめがのびた。
どうにも疲れがとれない
お腹がいたい、吐き気がひどい
食べてもやたら冷える
そもそも食べない
頭痛がおさまらない
んあーー
病気ってどこからどこまでをいうんだろーね。
「不健康なやつ」の定義なんてほぼ全員だろうし
 
さてはて どうしようもないなあ。
私も含め、周りの方々どいつもこいつもさ
 
でも そーゆーの好きデショ?
そーなのよね。
どうですか?
 
 
 
ニュースを見てみた。なんとなく、私たちが知るべきことはここにはないんじゃないかと思った。
私の周りには一人も、この国の行き先について案じて、何か自分で動こうとかする奴はいない。
私も含めて、一人もいない。
それがどういうことか、というのを考えてみる。
やってもできない奴のことを、やってもみない奴がどうこう言うのはおかしい。
できる奴が、できない奴に、できるハズって言うのもまずい。
 
関係ない 関係したくない
みんな被害をこうむるのが怖い。
みんな、余計な心配をしたくない。
みんな、平和でいられればそれでいいんだ。
 
金やるからやってくれよ。金はやるから。
金やってるんだからやれよ。こっちは大事な金、やってるんだから。
 
そーだよね。
 
あいつのせい、こいつのせい、
あれがだめだ、俺のせいじゃない。
どうして私がこんな目に?
そもそも誰も悪くないんじゃない?
仕方なくなんかない。
なんでこうなった?
どうして放っておいたの?
いや、そんなの知らなかった。
当たり前だろ、ふつー常識的に考えてみろよ。
 
ふつー常識的に。ふつー常識的に。ふつー常識的に。
 
そーだよね。
 
 
 
みんな自分を守るために、害となりそうなことへの防衛策を、必死に考える。
どんな真面目にやってたって、ありえない落ち方するのも、ぜったいに普通にありえることだから。
でも、ヒトを大切にしない 場所は、
いつか絶対壊れるんだろうな、と思いました。
 
代わりなんていくらでもいる。 そう思う。
それでも、お金じゃない。あったかい愛情をくれる人がいる。
それだけじゃ無理だけど、それで頑張れる。
人間って そういうものであってほしい。
…私はね。
 
今日はせんぱいがエクレアくれたんだー
嬉しかった。でも、何も食べ物くれなくても、もっと嬉しいときもあった。
だから私は頑張れるし、だから私は自分がせんぱいって立場になったときには優しくなりたいなあ、って思う。
それはね、仕事のために仕方なしでしてることかもしれない。
でもね、そういうのって、じっと見てれば、一緒にいれば、なんとなく見分けついちゃうんだと思う。
 
だからね、利害じゃない、って、思いたい。
でも、みんな本当は他人だから。
さいごのさいごには、一人になるんだよ。
そしてこの土地は、ひとつっきりしかないんだ。
奪いあって、自分のぶん持ってくるしかないんだ。
だから、生きていくのって難しい。
 
そう、夢物語かもしれないね。
嘘になるかもしれないね。
それでも、私は、金にならない、他人のための馬鹿やるのに 命もやしてる奴が 好きや。
 
ああ、なんかわからないけれど、悲しーんだ。
 
ジョン・レノン あなたが生きていたら私は何かあなたに対して思わなかっただろうけど。
それが現実で、それが残酷で、けっきょくは現金なだけ だろうけど。
それでも今わたしは問いかけたい、あなたが生きていたら訊ねたい。そういう夢を見ていたい。
馬鹿な平和主義者に。あの夢想家に。
 
ねえ どうして生きるの。
ねえ なぜ愛するの。
ねえ なにを願うの。
 
まごころ という言葉がじんわりひろがっていく
 
愛しかない
それが世界を動かしている
 
それがなければ
何もできない

あなたが テニス

Tenniscoats テニスコーツ – Baibaba Bimba – A Take Away Show
http://www.youtube.com/watch?v=P2rtqVma_Ww

 
こないだ友達に教えてもらった動画。
 
八月二日。
ばいばばびんば 聴きながら家を出る。
乗る予定のバスが目の前を走り去る。ああん。
まだ20分ダヨ、22分のバスよ。うそつきーっ
 
泣きそうになる、のは悔しいからじゃないの、なんかいい感じなの。

あ帰宅

がっかりされるのは嫌だけど、がっかりされるのを怖がって見送るほど 私の好奇心と何らかの自己主張の力は 死んではいないのです。
たぶん。
 
でもがっかりされたら死にそうになるんだと思います。
そして、そんなことばかりのような気がします
 
リバース!
 
思ったより見てないし
思ったより見ているきがする。自分でも。
 
スーパーで酢の物買ってきて食べるけど
あんまり酢っぱくないような気がする。
毎日少しずつ飲んでいた、今日で消費期限が3日切れた牛乳を、さすがに捨てる。
あとちょっとだったんだけどなジャバー
 
夏。
 
どんなに構われてても何かが足りない気がして
「欲張りだよ」 って言われたときに ああそうか、私は、
ほかの何もいらないのかもしれないな、
欲しいものは、もうとっくに、これだけだったのかもしれないな。
って、
そう、
思いました。
 
死んでしまいたい理由が1つあったとして、
その絶望を何とかするために、
生きる理由を、100、見つけたとしましょう。
それでも、やっぱり、その「1」を、ぬぐいきれない以上、
足りるとか、足りないとかじゃないと思う。
それは、違うんだと思う。
 
でも、その100が欲しくて生きてる人もいるんだから、
欲張りだっていうのは本当で、
ないものねだりなだけなんだろうな。
私は、十分、幸せなんだろうな。
 
だから、「ありがとう」っていうのは、
心から思っている言葉なのに、
最高の裏切りであり、最大限の侮辱であり、
最大級の無関心の証明と、最上級の終止符として、
相手の目の前につきつけられるんだ。
 
私だけじゃない。

めがたい

絶望してしまうことがあります。
この世界に対して。
がっかりした諦めとか、そういうのじゃないんです。
私は生きてゆかれない気がすることが、よく、あります。
私は「違う」んです。
「違う」んです。
 
昨日は帰り道にバスを待ってようがバスに乗ってようがバスを降りようが家に帰って横になろうが両親にメールをしようが
涙が、止まりませんでした。
 
しゃくりあげるような、激しい涙じゃないんです。
ずるずる、拭いても拭いても流れ落ちるように少しずつ、ずるずる溢れるんです。
悲しいのか? と言われると、特に何が悲しいと考えて流している涙じゃあないのです。
何も考えていないわけじゃないと思います。
誰もかれもが、私は、幸せ者だと言うでしょう。
私も、自分が不幸だなんて思ったことないぐらい、
自分は強運の持ち主で、周りの人たちに愛されていて、
幸せ者だと思っています。
 
でも、フとした瞬間に、いつも見ないでいることが、見えてしまうことがあります。
それがあまりにも、深い溝で、
私は、永遠にその狭間を落ちていくような心地がするんです。
でも、それが悲しいとか、それをどうにかしたい、とかではないんです。
「違う」んです。

八月八日

オパオパ(0808)の日です。
うそです。
 
同じアパートに住む人(たぶんとなりの部屋)が、毎朝 同じ時間の同じバスに乗るので なんだか気まずい。
この果てしない親近感。
彼は真面目なサラリーマン。必ず毎朝決まった時間に玄関を出る音がします。いつも先手を越される。
私はそのバスにはよく乗り遅れますが
 
こんなアパートに住んでるってことはたぶん単身赴任とかでないかと いぶかる。
なにせ短い毛を逆立てたまさに営業Style(イメージ)のヘアーと、きつめの目つきが、素敵ですね。
 
こないだ深夜にリコーダー吹きまくって、どなたかに 玄関扉を  ゴ、ン  ってされたのは私です。すんまへん。

こえ

今日のことをまた思い出すのかなあ
もうない ものなら なくなったほうが いいのになあ
そやって、ふわりと、君の、こえ