朝起きて、朝ごはんをいただく。
おいしい朝ごはん、とってもうれしい。おいしい
およめ様の畑作業を 多少はてつだい、
玉ねぎといっしょくたに生えてきている雑草をむしる作業が段々ノッてきて
もっと時間がほしいぐらいだった。
やってたらきりがなく、日が暮れそうだ
およめ様は、畑作業を私に、手伝え、とは言ったことがない。
まあ私はやれ、と言われると一気にやる気のなくなるほうだから(やりたいという気持ちが、後回しになる気がするのだ)逆になんかやってみよーかな、という気になってよい。
お昼前に、およめ様の妹さんに、およめ様ともども バイオリンのレッスンをしてもらった。
私がやりたいと言っているのを知ってて、およめ様が先に手配してくれていたのだ。
・・・ぐううれしい・・・(ボソッ)
まずは基礎の持ち方から、姿勢、きれいな音の出し方。気をつけるポイントから。
で、一時間はあっというまに過ぎた。
いい音の出し方から、というのは面白いと思う。
普通はそうなのかもしれないけれど。
私はずっと打楽器であったので、叩けばとりあえず音が出るから、音が出るのは当たり前なのだ。
いい音をつくるのはおのずとその後の順番になってくるから。
昨日仕込んでいた燻炭(くんたん)ができたようだ。
お昼ごはんに、これまでも家族で来たことがあったり、何度も連れてきてもらったことのあるイタリアン(ジャンルあんまわからないのだけれど、パスタとピッツァがあるからイタリアンかなあ)のお店に、久しぶりに来た。
お肉のランチにした。。めちゃうま・・・ぜいたくなご飯だった。。
他愛のないおしゃべりができるって、そのなんとなくの時間って、
やっぱり「時間をとりましょう」っていって取るものではなく 全然違うんだと
思った。
陽が落ちてきた頃、福井をあとにした。
かなりのお土産や持ち帰る荷物の量で、車がぎっしりになっていた。
まっすぐ の道の運転や、渋滞の運転が得意なので(というかスピード感のある運転がむりなのでそういうのは向いてなく危険)私達が途中で運転を交代する道はいつも決まっているんだ。
安全に帰宅。
エレベーター無しの4階まで、福井で汲んできた生活用水も含めて
荷物を持ち上げるのはなかなか大変だったけれど、
憂鬱なときもあるんだけど、
なんというか、己の身の上の贅沢さを思った。
潤沢な食べ物、飲み物、貰えるものがこんなにあるということ、
ありがたいって思う。
おすしにぎり
昨日が遅かったのでゆっくり起きる。(遅くなくても ゆっくり起きる。)
およめ様は相変わらず、気づいたら表に出ていて このような名物「もみがらくんたん生成機」をこさえていた。
べつにご両親はこういうのは全くやったことがないらしく、やってるのはおよめ様だけだけど。
なんかよくわからんけど見た目がすごい。モクモクしている・・・
この装置の足元にかぶさっている籾殻が、焼けて真っ黒になり、
それが畑の肥料になるのだそうです。
今朝はたまねぎに液体肥料みずやりをやったのだけれど、水やりするだけなのに、なかなか筋肉つかう。すごい〜〜
この土日を使って、(正確には金曜の夜からだけど)およめ様の実家に、やっと年始最初のあいさつにこれた。
90さいのおばあちゃんはまだ現役で茶道と花道の先生をされてるし、めっちゃ綺麗に暮らしてて、若い…かわゆい…すごい…人と関わるって大事なことなんだなあと思う。
父方のおばあちゃんと、母方のおじいちゃんおばあちゃん。みなさんめちゃ現役で色んなとこで働いててすごい。おれ、もう既に隠居したい気持ちが満々なんですけど………かっこいい………
おじいちゃん、おばあちゃんという存在は
どうしてあんなにも何でもかんでも兎に角くれようとしてくれるのか、、
お話するのもたのしいし、感激
今日は少し雨とみぞれが降って、でも陽もよく照っていてみどりが喜んでるかんじでえがった。
スーパーじゃないサイズ感のやつがあると見た
お昼ごはんに、およめ様が昔行ってたらしいラーメン屋さんにいった。
まさに 中華そば とゆうかんじで、シンプルかつ とってもおいしかった。
小さいお店なのでお昼時はなかなかの混雑だったけどすぐ座れた。
ソフトクリームがすごいでっかいサイズで安いのが有名らしく
私達と入れ違いで出ていく家族たちも、ひとつのソフトクリームを半分に割ってお店を出ていっていた。
夕方ごろ、買い出しをしに出かける。
豊富なソースカツの国
晩御飯は、福井への到着まえから およめ様が 寿司を握れる!となって意気込んでいて、一家全員分の寿司を披露することとなっていた。
スゲエエエ
私も、一応手伝いましたが、めっちゃ握るのむずいかってとてつもなかった。
飯がすぐ崩れていく or 手に飯がへばりついて握るどころじゃないんですけどおおおお!!
何もコツがつかめないままとりあえず終わった
でも人生で初めて ぐんかん巻をつくったよ!
おいしいかったよ~~
写真はありません。(一生懸命)
とってもいい感じのお菓子やさんがあるので、けっこうな頻度で我々は寄るのだけれど
いかにもヤバそうな看板菓子が「フルーツ大福」で
今回はじめてたべました。
そのお店の「テラ焼き」。も気になったけど
今回は諦める。またこんど。
みなさんが優しくて、ここはユートピアですね
とてもよくしてくれすぎて、めっちゃハッピー、こんなんでいいのか…って思うレベル、う…。ま、まあいっか…
いやでも、もうちょっとなんか、なめとんのかちゃんとやれ、とか言われないんかな?と。。
い、いや言われたいわけではないし、ちゃんとやってるつもりなんだけど……なんか……優しすぎて……
今日は勢いで、やっとこさ、プリンター買いました。
100満ボルトとゆう電気屋さん(北陸ではよくあります、でかい)、サービスよかった。
うきうきわくわく。用紙買わないとなー
ついでで行ったブックオフでベートーベンのレコードを買った。
月に1枚、ちゃんと聴くことを前提に、レコードを買っていいことにしている。
できればレコード屋さんでうろうろしながら、候補から選びに選んで、ジャケ買いをしたいところなのだけれど
いろいろあったので そういう意味ではブックオフでも同じであろう、と思った。
ゆめみが
夢見がえらいことだった。
えらいことだったとしか言えないが
実感がリアルすぎてなかなか戻ってこれなかった。
むずかしかった。
水曜日の寝不足すぎるやつが全然取り戻せていなくてそこから先は朦朧としていたし
昨日と今朝、喉が痛くて寒気がした。
今日はよく眠れて回復できたけど完全に遅刻である。
昨日は色々と遅れてた必要なことをちょこちょこ片付けていたら日付をまたいでいて、でも1時には寝たんだけどな。
水曜日が5時間とかしか寝れなかったからそのせいなんだけど、
なぜ水曜日に5時間しか寝れなかったかというと溜まっていた日記を書いていたからであり、
なぜ日記を書く時間をそんなになるまでとれなかったかというと、
土日がライブと実家へ帰って掃除をしていたので時間を使えなかったことと、
月曜と火曜は仕事が終わってからスタジオと前から決めていた予定があったから
家に帰るともう夜が更けてしまっていたからであって、
ちゃんと理由はある。
原因をたどれば、そもそも土日からスタートしていて今日まで押してきてたって事になる。
ただそれだけなのだ。
取り戻すことがむずかしい。
取り戻すためには、毎日のことを後ろへ押すか減らすかしかない。
でも毎日はおなじではなく、やりたいこと、やらなきゃいけないこと、突発的に入ってきたりすることもあって、そのぶんの時間を空けていかねばならない。
そうするとまたすべてが先へ先へ延びていく。
そして今は、寝ていたぶん、仕事が間に合わなくなって、寝ていたぶん給料が減るというわけである。うはは。
原因はあるし結果はある。
間に合わせるのにどうしたらいいか、まだまだ全然間に合っていない。
仕事の時間を取りたいけど、そうするとこっちが間に合わなくなる、自炊や洗濯すらまだ間に合っていない。
いちばん比重的に毎日の時間を削っているのは仕事なので、できればそこを削れたらバランスよさそうなんだけど難しい。
ま、いっか、なるように。ただログはとらせていただこう。調整をつづけていこう
っていうか日記書いてた時間もべつに1時間ちょいぐらいしか使ってないんだけどな。
そんなに、べらぼうに時間を使った気はないのにこれだけ押してくるとなんか損した気になる。
スタートできる時間が相当押してたせいと、その後、仕事のスタートが都合で繰り上がってしまったせいで5時間睡眠。おーまい。
考えよう。ずっと考えてたけどな。
そういえばごはん食べたっけ?レンジで温めて忘れてるわ……
スープにもお湯そそいでそのまま忘れててつめたい。ウケる。どんなけ考え事してたんだ。
あっぷあっぷ
朝、3分だけバイオリンを弾く。毎日は無理だけど 今日で三回目だけどもうちょっとでひとフレーズ弾けそうな気がする。うきうき
もう3月なんだな〜、
今年やりたいって思ってること、着手していかんとなあ〜って思う。
これ以上時間ってつくれるんだろうか?今でさえできてないことが多いうえに、さらに別途時間を取らないと着手はできない。
むつかしいな……
いけるとこまで。どこまでいけるかな
一日中、頭の痛さがすごかった。
たくさん寝たけどまだまだねむかった。
電車に乗り大阪を出発する。
夜の京都駅を経由して、北へ向かって移動する。
JR京都駅のなかは、二条のスタジオへ行く道だからそのこと思い出すな。
大阪は駐車場代金が高いので、普段は滋賀県に車を停めている。
今日のハイライトは、冬の間車を放置しすぎて完全にバッテリーがあがっていてJAF呼んだところです
30分で来てくれました。救世主〜!ありがてえ……
道路から水がバッシャバシャ飛んでくる国、福井にとうちゃく。
ガードレールと同じ高さに雪がビエネッタのように積もっていました。
大阪に住んでいると雪って、あー、あるとこには、やっぱ、あんだな…って感じです
大阪はあたたかい国です。
夏はあづいけどな
今日はすんごく久しぶりに刺激物を食べた気がして、あ、これこれ、懐かしい!ってなった。
別に避けてたわけじゃないんだけど、さぶすぎて、体調も良くしたいから、なるべく別のものを頑張って食べてたってかんじ。
カレーも大好きなんだけどな、頑張って食べに行ったところで閉まってたり(営業日のはずなのに)貸し切りだったりしてなんか、食べたら食べたであいつらカロリー半端ないじゃないすか。
なんか頑張ってまでいろんなお店食べるよりチェーンでいいとこ探したい みたいな気持ちになってしまう。
もしくは自分でスープカリー作る生活に戻るとかね。
カロリーは、あくまで結果であって普段気にしてはないけれど。
でもカロリーを摂取して、それを消費できるレベルまで運動できてないわけなので、注意してはいかないとなーなお年頃。自分に返ってくるからなあむ。
結局、運動すればいいと思うんだけど…運動……大掃除……
そうだ、実家、帰ろう(運動の手段として確立)
あたたかいお布団とお風呂をいただいて就寝。
綺麗に洗われてたたまれたタオルや寝間着がしっかり用意してくれてあって、
こんないいお家を作れるのは 努力がいることだろうなあ って
思います。
太陽系女子、惑星なう
真っ暗になった部屋の、床から天井まですっと伸びているカーテンを見上げてなんとなく思いついたことなんだけど、
「意味なんかないさ暮らしがあるだけ」
という歌詞はさ、
たぶん、たとえば、結婚というものを期待を膨らませて夢に見てきた人が、実際に結婚したあとにやっと理解できる歌詞じゃないかなー、って思った。
個人的な想像だけど。
ぼんやりポジティブなことを
どちらかとゆうとポジティブなんだぜってことを
なんとなく伝えるのは むずかしいな。
大きな視点でいくと、
惑星なう
ってことだよね??
定期的に、惑星なうって言っていいよね??
あと、ひらめいたんだけど
太陽系女子です。って言ってもいい?
チェロが手元に欲しいです(真顔)
なんだろうこれ、何かの病気発症したんかな?チェロでかすぎて無理感のほうが強いんだけどな。ぐおーーやりなおし!やりなおしだー!!
仕事終わりに、買い物をしに、百貨店てきスーパーへ行った。
あれに行くと、なんか物価ちがいすぎて心がつらくなる。
いっこだけ……いいよね………って思って買う
はあ…(百貨店の物価に心がダメージを受けている)
どれ!?で、どれなの!?どうなの!?
→からの、一番左が「コレットは死ぬことにした」
オチてるの!?
なんか3月に肉食う話してたらめっちゃ肉食べたくなったので(質ではなく量)
晩御飯は、ぶたにく焼きまくって食べた。うまい。
今日のお昼は温野菜とかですごくヘルシー感でてたんだけど、一気に肉〜〜!
菜の花のからしあえ めっちゃすき。。菜の花うまいなー
ウールトラミラクルスーパーサイヤサイケ!!って合唱しながら家事をする我が宅
点心を作れるようになりたい、ときのう書いたのだけれど
むずかしそうって思ってたけど、ある程度なら、あれかな、餃子も点心だし、皮でいうとだいたいおなじだよね。皮はあかいぬ宅でこねたから作り方知ってるよ!!
そう思えば少し身近に思えてきたかもしれない。(いまだ行動には移せず)
いつもイヤリングつけるときは右耳だけ(痛くなってきたら左耳に移動させる)にしてたら、
今日、なんか、耳たぶにしこりみたいなのが発生していた。
これはいったい!? to be continued…
あーヨイショ
朝、pegmapの「あーヨイショー!!」が頭に登場した。
あの声すごいよな、あの声でヨイショーがすごいんだよな
ドレミファといろは で貰ったステッカーパス、いつも肌身離さず持ち歩いてるポシェットの表面に、ずっとつけっぱだった。
まあいいか、なんかかっこういいし。
朝にツイートでけへんくてもうええわ、ってなったやつ、まだやってたんや……亡霊かよっ
今日は朝早いし5時間しか寝れなくて、なんかもう…ねむすぎて、
お昼休みだけど何したらいいかわからないなーってぼーっとしてたらおわった感じ。
考えるということを忘れた。なんだっけ?
レッツエンジョイ
ハブアナイスデイ
アイウォンチュー
最後に我が出た感!!
個人的にはダウトなんだけど実はありなのかもしれないし
なんか、最後に自炊をした記憶が、バレンタインの翌日ぐらいで止まってる気がする。
そもそも買い出しにいった記憶がない。
というか、最近って何してたっけ?土日の記憶がないんだけど、
って思ってたらライブと実家にいってたんだっけ?おー。おーまい。記憶とんでた。
一生かけて、ゆっくり上手に作れるようになりたいものがあって
点心とスパイスカレーとチーズケーキなんだけど
カレー以外、全然一回も作ったことないな。おーまい。
点心はそもそも蒸すやつだよね、むずかしそうだね!
一回ぐらいは初動でやるべきだな、うんうん。がんばれよ〜(他人目線)
むちゃ疲れてる。
早く寝たほうがいいんだろうな、っていうか図書館行こうーって思ってたけど業務的に全然むりだな、驚く!!すげー難易度高い。
めっちゃ業務詰まってる、頑張らないとなんだけど
最近気づいたら眉間にシワ寄ってるし、休まないといけない感あるんだけど
頑張らないとなんだけど(リピート)
家に帰って、映画「オンディーヌ」みた。
なんか……なんていうか……
よかった……
でも酔っぱらいは無理だーーーー!ってなった(あっ)
朝の寝不足が一日中に対して響きすぎて、
ねむすぎてまじ、どうにもならない状況です。まじ早起き不必要。
今がいい時代だなって思うのは、まあ細かい話は抜きにして、
望めば、発達した交通手段、あるいは徒歩ででも、大体どこでも行ける(そのぐらい安全)っていうことだし、情報規制とかぜんぜんかかってないレベルのインターネットをみんなでアクセスできるとかっていうこと
これからがどうなるかわからないけれど、今、という通過点はとても丁度いい、適度な曖昧さも未熟さもあって。そういう過渡期にあると思う。
お金がなければ徒歩でどっかいくかーってゆうのも、この国は大体それほど危なくないからさ、できるでしょう、地域によってはしらんけどさ。(そういう部分はいわゆる「細かいところ」に含まれる)
いやーいい時代だと思いますゆ。考えだしたらさ、そりゃー知らないところで明日戦争が起きとるかもしれないけど。いま生きてる感覚として。
ただ、いまものすごく、ギリギリのところにいるのかもしれないって思う。ギリギリのバランスに。これが少し傾けば、少しの傾きだけで、勢いがどんどんついてしまって、一気に転覆するのかもしれないなって。
すべてが平和だとは到底思えない、ここは壁の中で、誰かが代わりに整えてくれた空調の効いた、安全な部屋の中だ、外側はどうかなんて見えてないし、見る必要もないんだ、でも、それはきっとギリギリの事実だ。
プロセスにんげんなので別に何が言いたいとかはないです。
結果をあえて挙げなければならないとすれば
ありがたいな〜って気持ちです。うんうん。いい時代ね〜ってゆう
てれって〜
ぐあーねむたいーすごいー
朝ツイートできてなくて、午後にもツイート送信できないまま画面に残ってた例のやつは、
いつの間にか投稿できてて紛れ込んでいた。笑
亡霊かよーーーーっ!!!!!(これ言いたいだけ)
吹奏楽の、コンクールとかでもいいんだけど、演奏聴きに行きたい。
でも大体そういうのって、土日で、昼間の時間で、ちょっと郊外のコンサートホールとかでやってたりするんだよな?ぐあーーーーーー!!(死亡
筋肉とトリガー
本気のお掃除は筋肉痛になる。ピキピキ
昨日の掃除の筋肉痛がめっちゃきているのだった。すげえ。掃除すげえ。ナメてた。
もう暫く前の話なんだけど、インターネットのニュースで、
機器を頭に装着することで、頭の中で思い描いたように装置を動かせる、というものが発明されたとゆうのを読んだ。
あまり詳細は書かれていなかったし、インターネットなので、読んで思い描いているようなニュースではないかもしれないが、
つまり身体に障害があってうまく手とかが動かせない人用に今後役に立っていくだろう。というものである。
そもそもそのような装置が出現して進化することにおいて犯罪的な想像も容易にできるので、まさかパーソナルなところまでは私が生きてるうちには来ないだろー、とは思っているが、
私が望んでいるトリガーが実現可能なところにある、と思うと
わくわくするな。
そのトリガーを使っていっぱい複数の楽器を一気に演奏したいね!
と思ったけど
たぶん、とても訓練がいるしコツがいるものだと思う。司令を出すための、実行!とゆうトリガー思考と、ふだん「もしこうしたらどうかな〜」って想像してるぐらいの思考を分けて認知しないとそもそもトリガーとして使えないから、そうやすやすと動かないとは思うのだ。(人間の体で考えるとそれが当たり前に分別されてるのは本当にすごいな)
だから、一気にたくさんトリガー出そうとしたところで、脳がめちゃめちゃ疲弊しそうだなーなんて。
あと、なんだかんだ上手く演奏できないものかもしれない。
司令自体はうまくいっても、私の場合だと、やっぱり、リズムとかそういうのは、「体が覚えてる」とか「体の機能でリズムが生まれてる」と思うからである。
演奏とはぜんぶ脳に依るものではないからだ。思い描いたものを実現するだけが、ハードウェアではないから。
やっぱり思い描いたものがどう実現されるかどうかは、身体、ハードウェア側にも依存して左右されるはずだ。
パラサイト・イヴの小説で出てきた思想だけど、臓器が記憶を持っている、というやつだね。
生まれ持ったパーツによってやはり思考、嗜好も左右されてしまう。ソフトがハードを操るだけではなく、ハードがソフトを操ることも勿論あり得るのだ、というやつ。
それが「思った以上にある」、というところが
きっと面白いところだ。
めっちゃ頑張ってバタバタ仕事場を後にした。
すごく急いで駅に向かって、すごく急いで電車に乗った。
電車は満員であんまり動けなくて荷物もいつもより多くて一時間ぼーっと立っていた。
スタジオに入って、終電が近いのでバタバタ急いで電車に乗った。
人前で泣くのを我慢できないのは病気だって言われたことあるけど、やっぱり悲しかったら悲しいときに悲しいぶんだけ、涙は出てしまうものだし、悲しいってことを我慢できてしまうから病気になるんじゃねーの、って思ったりもする
悲しいは、悲しい、なのだ、
あー この世界が何もわからなくても
歌ってもいんだよ、
0時20分、家に帰ると部屋の電気は消えていた。
お腹がむちゃすいた。何食べたらよいんだろな。
おいしそうなチキンの煮込みが置いてあった。温めて食べて、とても染みた。
夜はさむいな。寒いし眠いので、お風呂入るか迷う。入れるとねむい。入らないとさむい
君はいつだって、
自分のことはわかるんだ。
きろく GROUPエンペラーめだか ライブ@三重 四日市 ドレミファといろは
◆2017/2/18(土)@三重 四日市ドレミファといろは
『心の森に花の咲く』37話目
GROUPエンペラーめだか(京都)
堀田ショチ夫
杉野明日香(大阪)
佐藤守晃(愛知)
18時開場/19時スタート
1800えん(ぺらー)+要ワンオーダー
四日市ドレミファといろは ありがとおございましたっ。
最後の打ち上げんときの印象が強すぎて、今回のライブの印象自体が「堀田三兄弟」になってしまってエンドだった・・・。
三兄弟めっちゃええな〜、でも、これ育てんの、まぢ大変やったやろな〜って思った
ライブをおえて、終電で無事に実家に帰宅。
きょうとても嬉しかったことは、これまでも実は壊れてたんだけど ライブで使っている、めだか木魚 をやっとこさ修理できたこと。
いっぴき逃げ(外れ)かけてたんだけど、接着!!
ゴウさんのアドバイスのおかげでやっと固まってきたよ!!!いけそう!!!
後でやすりかけたほうがよさそうだな〜
なんか終電のため駅に向かってる時になってとつぜん、四日市の気になる部分がいろいろ発見された。
これは大通りにある、「なんで?」って言いたくなるオブジェ(鉢植え)
これが大通り沿いに等間隔に登場するかんじ。
四日市の文化かな??
あと駅の方でライトアップとかやってるんだね〜。駅のホーム上から見たらすごく規模小さかったけど、いいとおもいました。
そして帰りの電車で、同級生に声を掛けられる事案発生しました。おどろいた。でもうれしいかった!!
男子ふたり、小学生ぐらいしか喋ったことない 気がする ような人たちなんだけど、
飲み会の帰りらしくて、酔っ払ってたおかげか声かけてくれてうれしかった。
みな立派になっていたし、めっちゃ身長小さかってギャーギャー騒いで遊んでたような子が
ハイパー長身になってて、おとなになる、ってすばらしいと思えた。。
ナイスガイたちでした。
わたし、マジで地元に友達いねえし、連絡とらねえし、
ただフェースブックは気が向くと余裕で友達申請しまくるほうなので(ネットのちからを利用)
繋がってはいるけど全然遠目にたま〜に見てるぐらいで、本当に関わりないんすよ!!!
地元にも一切貢献してないしなーそんな人間に対して、ありがたいぜ~
てゆうか、私って一瞬で気づいてくれたらしく、それもうれしかった。
でもやっぱ飲むとかになると四日市まで出ないとお店ないんだなあ。笑
名古屋はさすがに帰ってこれんくなるからいかない〜って言ってた。うん、たしかに。
ぜんぜん地元に関する自負とかないし、ふだん 三重の人〜って言われることもないんだけど
四日市に帰ってくると楠の人〜って言われてカースト感じるのおもろい
帰り道があいかわらず電灯少なすぎて真っ暗で、ぎゃくに安心しました。
駅もまじ人いねえわ。安定しているわ。
自分が整えた部屋に自分で帰ってきて寝れるの、すごくいいなあ。うれしいな
キープしてくれてるのは母だけどさ。頑張ってよかったって思える。
家に帰り、落ち着いたところで、深夜に腹が減ってしまった。やばい。
もっとドレミファのおでん食べたかったな…タイムリミットちかすぎた〜
今回はひさっ ぶりにライブ映像撮ってみました。あんましライブしてる自分の状態、意識してねえし、あんまし反省もできていない昨今。参考にできたらな、と思います
なんか、思ったより録音された自分の声、ふつうに自分の声やわ。違和感ないわ
慣れたのかな、録音された声に
ぷにょんの話してるくだり
とりあいず、帰宅してすぐ弟にミニギターさんを借りてきて、少しだけ弾いた。
我々姉弟は、持ってるギターもきょうだいです。ほぼおなじー
すこしずつ、できた曲を身体に馴染ませていく。
この曲にはすごくバイオリンいれたい。バイオリン興味持ったのも、弟がバイオリン持ってたからもあるけど、
いくえみ綾の漫画にそういう話があって面白かったからだし、この曲のモトも、この人の漫画からだから、まさに、だなあ…
っていう曲。
今日はリハ終わりの時間にチェロとコントラバス二重奏聴いたりしていたな。ひさしぶりにユーチューブを活用した瞬間だった。
朝、なにかのパクリかもしれないけど、ピアノとその他の弦楽器(中音と低音ってかんじ。)の曲がものすごく鮮やかに頭に浮かんで、これ、形にしたい…!でもどうやって…!って思ってるうちに家を出る時間でわすれちゃった……打ち込みできる環境とか、ほしい。笑
とりあえず頭の中で鳴ってる音がなんの楽器でどう再現できるのか?っていうのを知っておきたいし叩き込んでいきたいと思ってる。
今日、ライブを見に来てくれた母のお友達(というより 良くしてくださるご夫婦)より差し入れでもらったお菓子を
少しかじってお腹が満たされた。
よくねむれるだろー。
eumorass(とする としたい)
いーえるこーとは何にも無い!(無い!)
いいたいこーとも ほとんど無い!(無い!)
ユーザ辞書をひさしぶりに追加した。あんまり数なかった。
気候が完全に春に傾いてきている。これまでは家に帰るとすぐに暖房を付けないと気が休まらなかったが、
最近は上着を脱いで、長袖でそのままベランダへ出て洗濯物を取り込めるぐらいの暖かさである。
春ってこんなに近かったっけ?2月ってこんなものだったかしら。
経験上、もう1度ぐらいはすごい寒波が戻ってくる気がしている。
3月に雪が降った、枚方での暮らしを思い出すからだ。
この日本社会において、だけかもしれないけど、持って生まれたあるいは幼少期に形成された能力のうち、
「他人の期待に応える能力」がどれぐらいあるか、というのは
その後の人生の判断をどうやって下していくか、ひとつひとつの分岐点に対して大きな影響がある気がした。つまり人生全体に影響する。
私は幼少期から、他人の期待に応えるのが極端に苦手だった気がする。
今思うと、でしかないので記憶の補正されてるかもしんないけど。
(自分の持っている過去の記憶イメージというのは相当曖昧だと自分は思っている)
自分の場合、他人を喜ばせよう!期待に応えよう!と思うと、なぜだか心身がいつも通りにうまく動かず、変な力の入った失敗を、小さい頃からしつづけてきた、ようなきがする。
そもそも、他人はこうしたら喜ぶんじゃないかな!?という想像力の及ぶ先が、他人と全然違っていて的を外れていたと思う。これが原因
だから長いこと、自分が何をすれば他人が喜んでくれ、どう振る舞い、何を話せば、友達になれるのかわからなかった。今もあんまわかんない。だいたいのテンプレートは覚えた?のかもしれんけど。
もちろんテンプレート覚えたところでそれがナチュラルに自分らしく実践できるかどうか、となると話が全く別になってくる。残念!!!
だから人を喜ばせるのはうまくいかなかった。ある程度の年齢から、自然にそれをやめた。向いてないから諦めた。
力まず、自分らしく振る舞うことでたまに、ピンときた人が遊んでくれるようになった。話しかけてくれるようになった。それが何より幸運だったかもと思う。
よって私は、ときに冷徹なまでに、他人を喜ばせない。そのために動くことを小さい頃から諦めているから。期待に応えない。そう動くことでうまくいった試しが少ないから。
だから他人がこうするから、私もこうしよう、と思えない。そもそも、喜ぶポイントが全然違うんだから、そっちを選んだ先に自分の望む結果があると思えない。
だから自分で選ぶしかないんだなーって思っている。
他人の期待という価値観の輪から、ぼくはいつもけっこう外されている。
だから勝手に決めるし勝手に動くんだと思ってる。
ぼくはあんまり他人を幸せにしないと思う。でも想像したいと思う。
何が君の幸せで、何をして喜ぶ?ってやつである。
アソパソマソーーーーーーっっ!!!
あれなんすよね、、こういう時なんて言ったらいいんだろう?って思うじゃん。
あの時にまずぼかあ、こういう時、どんな気持ちになるものなのだろう?から想像してみるんす……
想像力っす……必要なのは想像力……想像力にがてだーーーー3D思い描くのとか、もおいちばんにがてーーー
ひとのために心血を注ぐこと、ひとのために悩めるということ(他人というものが関わるので悩みというものは生まれる)、ひとの気持ちを動かそうと頑張れること、
それがきみのハッピーなら、それでいいんだと思う。心からうらやましいと思うときもある。自分には選べない道である
諦めてはないですけどね!
つまりたとえ一度諦めてもたぶん、好きだったらいつでも何度でも戻ってこれると思う。
ここ3、4年間は違う方法を試しにいってるので 頑張るっす。うっす
今度の弾丸は別府いきます。祭りを潰していきます。
(伝統的な祭りではなく、観光のために開催されてる祭り系ばっかになっちゃってるけど、祭りは祭りだ〜)
祭りを潰す っていうと 街が滅茶苦茶になってるところを想像しますねゆ。しません
この本のシリーズちゃくちゃくと集めてます。でもだいたい買い物しろとか グルメしろとかしか書いてない
今日は結局21時ごろまで仕事するはめになってしまった。できれば、明日土曜が四日市でライブなので、
前乗りで実家に帰ろうと思っていたんだけど。
まあでも終電がはやいので、余裕を持つと、20時ごろには家を出なきゃ~ってなっちゃうのもあるし、
結構セカセカしちゃうな~とも思っていたし、できれば ぐらいで考えてたので、その点でいうとまあいっかと思う。
でも、一日の繰り返しを24時間で割るとすると、
睡眠9時間、身支度1時間、仕事11時間、食事×3回で3時間、で24時間終わってしまってるんで、
やっぱり仕事をしすぎだと思います。
正直、働いたぶん、自由時間欲しいんですけどだめっすかね?
比重おかしい!!納得いかない!!グオーーーー
つまり一日の中で残ってる11時間を、自由時間と仕事で半分に平等に割ると自分的にはベストだと思う。5.5時間はたらいて、5.5時間自由時間とする。
とするーーーーーーーーーー!!!!したいーーーーーー!!!!
なので今日のように、残ってる11時間をぜんぶ100%労働につぎ込んでる場合ではないーーーーーっ!!!ウワーーーーっ!!
とゆう、今日の反省でした
ふむ、自分はぜんぜん、宝くじあたらないかなぁ〜なんてことを夢見るようなタイプではないんだよね。
っていうか現実的に調整すれば近づける気がしてきた。近づこうと思います。
ゼイゼイいいながら夜遅くに帰宅したところ、
およめ様が今日はついに……
寿司をにぎってくださりました………
まじか………
寿司好きとは知ってたけど
その域にいっちゃいましたか………
(わたしも何が食べたい?って言われると寿司って言うやつ)
とてもおいしいかった~~
音楽聴けるアプリがあるじゃないすか。
これまで、お試し期間あり!ってやつはだいたい試していて、
有料期間に入るまでに確実にその役目をそっと終えてる。
そんな月額払うほど、新しいの聴かないのだよな。
でも無料期間が終わる頃、せっかくだから、ちょっとぐらいは試しに聴いてみようかなって思って、しばらく新しい音楽を聴いてみてる。
自分にとってはこのぐらいの感覚がちょうどよい。
今回はちょうどキャンペーン的なやつをやってた、LINE MUSICを試してみてたんだけど、案の定ぜんぜん聴けなかった。
でも終わりそうだったので お風呂場でちょっと聴いてみれて、よかった。
今回、なんとなく好きな曲があったアーティスト
SHE’S
Brian the sun
大森靖子
れをる
でした。
SHE’S の「Tonight」とゆう曲はめっちゃきいたことがあった。
なんかのCMソングかなあ。ぜんぜん歌詞は入ってこないけどそれを凌駕しまくっていい曲だなあって思う。
明日はお昼ごろに家を出て、故郷にけっこー近い場所、三重県 四日市でライブをやってきます。
良いライブができますように。
日々は積み重ね
16時。午後4時。
最近この時間に出歩きましたか。
晴れた日の夕暮れ、この時間の風景は
田舎であろうと、ビル街であろうと、砂漠であろうと、とても美しく、
生きてるって感じがする。
普通に、って何かわかんないけどパソコンに向かうような職種で、会社員として生きていると、あんまりこの時間に外に出れない気がする。
人間は、もっとこの時間は外に出ることを奨励されるべきだと思う。
ここ一年ぐらい、強くそう思う。
I think I like this,
but I don’t like to think this3D sex show
3D sex show
They have sex, so you don’ t have to(3D sex show/shitdiscoより)
出勤前の時間に音楽を聴いている。とつぜん聴きたくなったから。
shitdiscoやっぱりむちゃくちゃいい
このアルバムなぜかカナダのショッピングモールで買ったなあ…っていうのを思い出す。笑
やっぱ一番好きなのは「Lover of others」とゆう曲。
今思うと、アークティックモンキースとサウンド的には似てる?のかもしれないけど全然違うのが面白いなって思った。似てないか。
うん、やれることを、やれるラインでやっていくんだろー。
結果全ては、勢いだし、流れだし、機嫌だし、努力だし、運だし、嵐だし。
日々は積み重ね。
今日のことを今日のことだと思いながら書き読めるのは今日だけだ 。
ほとんどの文章は読まれるとき、今日のものではなく過去の何時かの記録を読んでいるにすぎない。
だからこの文章を読むのはほとんど必ずしも、いまより未来の誰かなのだろう、いまよりいつか先の、
未来の自分や自分以外に宛てての言葉にしかならないんだろうな。
しかならない、という言い方はネガティブかもしれないけど、
いい意味でもある。
きっといつか未来の自分は今日の日記を読み返しているだろうから、最近の世の中にちょい関わるようなことについて触れて書こうと思う。
去年から今年、ものすごく大流行しているヒットソングがあって、
星野源「恋」なのだけれど、
この曲がすごいなと思うのは、サビの歌詞、ぜんぜんヒットしそうにない、なんなら覚えづらい、そんなつくりのものを、ここまでの大ヒットに掲げられているということが、良くも悪くも、
いや、個人的にはとても良いと思っている。
なんか理屈っぽいかな。偉そうかもしれないけど、なんていうか偉そうにならないための工夫とか前置きとか考えるのが面倒くさい。仕事じゃないんだからさあ、
けっこう率直に、ええなーと思うているということです!
輪島の夏祭りの日程を調べているが、どぎゃん平日やわ。
9月は毎年おわらに行くのでもう固定で不在だし、どうしよーなーー
日々は積み重ね。
暖かくなってきたせいなのか、やっと毎日の積み重ねが少しずつ軌道に乗った感が出てきた、あるいはもう慣れてまあいいか〜って思えてきたのかもしれない。
本もすこーしずつだけど読めたし、夕方にお散歩できたし、晴れだし、買うつもりの雑誌買えたし。
あとは予約ごと、と、手付かずのあれそれや、明日からの三重帰省(三重にてライブです)をどのようにするかとか、うんすん。
ずっと叶わない予定のひとつが、「図書館にいく」である。暫く平日しか時間ないのだけど、19時までなんだよね〜。むずいな〜〜困難。
しかも、別にセカセカ行って目的の本ゲットして帰ってくれば良い、ってわけじゃなくて、本を出したりしまったり試し読みしたりしてのんびりしたいのである。
ま、いいか、
なんか図書館に行くっていうことがすごくレアにおもえてきていいかも。
という思考に段々なってきた。これが春なのか。
そしてこれがもしかして、人のいう「機嫌がいい」とゆうやつなのかな。なんて思う。
虫のいどころのせいにして他人への態度を変えることを平気で肯定してるような人類はぼかあ理解できないけどね。
でも、たぶん、自分もその人類の一人なんだろうなとも。
想像する
春が近いように思う。
この頃、言葉になって出てくる考え、書き置いておきたいことが沢山出てきた気がする。
もう暫くお付き合いください。
oetsu
タオルつかんだ時になんか色がきれいで撮った。
なんか、考えなきゃいけないことが多すぎて、何も思い出せない。
これはただの責任転嫁かもしれないけれど、言葉には言霊ってゆう力があって、
最近、自分自身がいちばん、自分がドラマーでいいのか?っていうことがわからなくなってきたなあと思った。
やりたくない、ということでは全くなく、
また、自分の今に不満がある、ということでもないと思う。
自分でいいのか?という問いに対して何かを感じることの意味は普段ないと思っているのだけれど、
今は、よくわかんない。
自分がやりたいから、やってきたことだけれど、なんだか、それがいいことなのか、わからなくなった。
いいこと?
いいことって何だ?
なんだろーね
ぼくは自分がドラマーでない方がいいならドラマーでなくても全然いい気がしてる。
ただ、ドラムが一番、やってきた歴が長いし、楽器の中で操るのが得意というか、
身体の感覚や、リズムと密接につながれている楽器というものである。
音楽にとって必要な音とか、ほしい音、作ってみたい音を組み合わせてつくるのがすきだ。
だから、そのときドラムの音が必要と思えなければ、自分には叩けるビートは、無い。
無しである。
音楽が好きだ。
好きっていうのには人それぞれで色々あって、
音楽が好き、っていうのにも人それぞれで色々ある。
私は音楽が好きだからといって
ありとあらゆるジャンルの音楽を深く堀りもぐったり レアなレコードを探し回ったりしないし、
メチャクチャ好きなアーティストについて語れと言われても、べつに何も語れない。
あの曲と、あの曲が、すごく好きで、こういう時に聴いていて、染みたんだ~とか、
そういう自分の話になる。
音楽っていうのは、自分にとって、いつだって自分の話になる。
そのアーティストのファーストアルバムとかセカンドアルバムの変遷がどうとか、
歴史がどうとか、メンバー交代がどうとか、
正直全然知らないし知りたくもないしどーでもいい。
曲に残っている音が全てだと思うし 耳に入ってくるタイミング、
その時の自分の心の開き具合がすべてだと思う。
出会いのタイミングっていうのは、
その音楽が、ぼくの人生に対して、一緒に歩いてくれたタイミングっていうやつだと思う
音を鳴らすということと、聴くということの狭間とか違いは
実はよくわかってないのかもしれない。
いつだって誰かの鳴らす音のファンだし、
自分たちの鳴らす音のファンである。
そこに境目が必要なのかどうか、考えてみたことがあるんだろうか?自分は。
よくわからない。べつに考える必要もない気がしている。
でも、好き だけで、よく、分からなくなる、ここ最近は特に、
たまらなく難しい瞬間がある。
好きってことと、必要なってことと、作りたいっていう音とか、ぜんぜん違うような、むずかしい、とても難しいくて、わからなくなる
分かっている、やりたいことだけを、やりたいと思えるぶんだけ、やり続けたらいい。
わかっている。
やる気のあるやつが好きだ、でも、自分はどうなんだろうな、って考えたときに。
自分にとってはやる気あるんだけど、でも、それってどういうことなんだろうな、って
考えたときに。
音楽はものすごく自分のなかに 普通に 自然に そのままの形でずっとずっとあるもので、
ずっとそこにいるもので、
たまらず出してしまった鼻歌みたいなもので、
我慢できなかった嗚咽みたいなもので、
だから、自分をはなれて考えるとき、やっぱり、わからない。
いや…自分をはなれて考えるなんて、
できないのかもしれないと思う。
ぼくらの生まれてくるずっとずっと前にはもう、アポロ計画はスタートしていたんだろ?
本気で月に行こうって考えたんだろね、
なんだか愛の理想みたいだね