かみ一枚の運
客観的にみて、すごいことをやってきて、やり続けていて、目がキラキラしている人の話。
すごく遠い世界の話のようでいて、すごくわかることが沢山あった。
それは一年前の私、二年前の私にはけっして理解できなかったことだった。
紙一枚ぐらいの運で、生きているし、なんとかなるし、立っているだけなんだ。
そーだよなあ。運だよなあ。
でも紙一枚が回ってきたときに、つかめるかどうかは、
その人の「やってきたこと」次第なんだと私は思う。
実際そうだったので、それはもう本当にそうだと思う。
いろんな人を見たり、関わって、いろんなことを経験したり、
そして私はここにいるのですが、
すごい運がいいからなんだなあ。って。
きのう友だちに叱られたけど、おまえ周りにどんだけ恵まれてるねん、なんでそれがわからんねん、っていわれた。
わかってるよ!…なんとなく。
でもそれは私の力じゃないなあっていつも思ってきた。
謙遜でも卑屈でもなんでもなく 私の力じゃないなあ、って。
紙一枚の、運だったなあ。って。
人の関係ってやつ を 大切にするチャンスが今はあるんだろうか。
ほんとうだろうか。
まだ生きられるのだろうか?
あんなに、もういらない、って言ったのに?
あんなに、もう何も無い、って思ったのに?
繋がりとか、絆とか、うさんくさいことばにウエッてなるけど
でも、そういうことを本気で堂々と言えてしまう人とか、
目をキラキラさせて宣言してしまえる人を見ていると、
とても 不思議で、ああ、あなたはいいなあ、 って思う自分がいる。
うらやましくて仕方がなかったんだ。
でも今はそのことに気づいてしまっている。
堂々としていさえすれば、嘘くさいことも、恥ずかしいことも、なんにも恐れることなんてないのに。
目の前にいるあなたに、会いたい。
輝く瞬間をもっともっと見せておくれよ。もっともっと。
人間をもっと、見ていたいだけだ。
その中に自分も、居たいだけだ。
不純だと言われようが、からっぽと言われようが、意味ないと言われようが、私はそのために走る、そのために生きている。
どうでもよくなくなくないことは、ほとんどないでしょ。そうでしょう?
言えることは何にもないけど、あなたの楽しみになりたい。
悪い夢も一緒に見れたら、ホラーみたいなものでしょう?
言いたいことはほとんどないけど、あなたの笑顔を見ていたい。
楽しい夢を一緒に見れたら、他にはなんにも…、 なんでもかんでもは、いらないよ!
(ピンクフラッグ/エンペラーめだか より。歌詞は順不同でてきとう)
2012年6月9日
朝ごはんにうどんを食べた。
うどんはここ数年ですごい好きになった食べ物のひとつ。
なにが好きになったとかそういうこと聞かれると別に
これといって自分の中でのおいしさが変わったってわけじゃないんだけど。
交わる時間と、それにともなう何か、残り香のようなものが、
私にこびりついてはなれないのだろう。
な
ん?うどんおいしいですよ。
自炊はじまっています。今のところ毎日ではないし毎食でも決してないですが。
なんかグロ画像になってしまた。
二日前ぐらいに作ったイエローカレー(調理開始時刻が平日の23:30)。
ご飯がおいしい。幸せなことだ。
食べられなかった頃のことがうそのようだ。
好きな人と一緒に食べるともっともっとおいしい。
生きててよかったって思う瞬間はいつだった?って聞いてまわってた時期があった。
数人にしか聞いてないけど、またそのうちの数人は、おいしいご飯を食べたときとかかなあ!って言った。
ごはんってすげいのな。と思った。
私はバカ舌なのでたいしたものは作れませんが
焼くだけでうまい!煮るだけでうまい!
ものよねえ。あとはおいしいお米。とか白パン。とか。
へんなこと書いたな。
いつも変か。
2011年7月22日 「みかた ひとつで」
化け物に襲われている。
ずっと聴いてなかったから音楽が足りないのかなと思って聴いてみたけど、
あー全然響かない。何も感じない。
雑音になっていました。
とじているな。
音楽は、心がひらいてる時にしか力を発揮しません。
つまり自分の視点ひとつなのです。
だからやめ。
鏡に向かって唱える
お前は誰だ?
狂うなら、はよう狂ってしまえばいいのに。
でもそんな都合のいいふうには
いかないね