2012年6月21日

どんな他人の ねたみも愚痴も、
あなたの幸せのまえには無意味でしょう。
そのために生きているのだから。
 
なんて不器用なんだわたしたちは。
なにを言っているんだ。
 
一人がこわくて、二人がうれしくて、
三人四人がたのしくて、
五人六人からさみしくなる。
 
 
雨にうたれて
息をあらげて
足がこれ以上前に出ない
自分を恥じた
 
 
フラッシュバックすすむ。
大丈夫、ちょっと調子が悪いだけじゃないか。
 
やりすごせたらいい。
この時間を、この動悸を、
なんとかやりすごすんだ。
 
 
 

2011年8月 9日 「めがたい」
 
絶望してしまうことがあります。
この世界に対して。
がっかりした諦めとか、そういうのじゃないんです。
私は生きてゆかれない気がすることが、よく、あります。
私は「違う」んです。
「違う」んです。
 
昨日は帰り道にバスを待ってようがバスに乗ってようがバスを降りようが家に帰って横になろうが両親にメールをしようが
涙が、止まりませんでした。
 
しゃくりあげるような、激しい涙じゃないんです。
ずるずる、拭いても拭いても流れ落ちるように少しずつ、ずるずる溢れるんです。
悲しいのか? と言われると、特に何が悲しいと考えて流している涙じゃあないのです。
何も考えていないわけじゃないと思います。
誰もかれもが、私は、幸せ者だと言うでしょう。
私も、自分が不幸だなんて思ったことないぐらい、
自分は強運の持ち主で、周りの人たちに愛されていて、
幸せ者だと思っています。
 
でも、フとした瞬間に、いつも見ないでいることが、見えてしまうことがあります。
それがあまりにも、深い溝で、
私は、永遠にその狭間を落ちていくような心地がするんです。
でも、それが悲しいとか、それをどうにかしたい、とかではないんです。
「違う」んです。