考えるだけはやめない

とても悲しい夢を見て起きた
夢の中では、自分がその光景を見ている立場で、起きてることのあまりの不条理さに目を覆って悲しくて大声で泣いてたけど、起きたら涙は流れていなかった。

おおきな、知能が高く人間と会話のできるシロクマが、絞首刑、といわれてすぐさま公開処刑で殺される夢だった。

詳しいあらすじとかはない、
そのクマは小さな頃から男の子に飼われて男の子と一緒に大きくなってたみたい、
わからないけれど、クマは周りや社会的に「悪い」とされ、裁判にかけられて、判決は死刑だったのだった。
まわりの大人たちが、動物を殺すときのただただ無機質な容赦のなさだったのがよく見えてた。
まあ動物だし。悪いやつだしあたりまえだろう。
そんな感じ
大きくなった男の子も、そのシロクマが悪いと聞かされ、そう思って、かれの敵の立場についてしまったみたいだった。
シロクマには味方がいなくなった。

おおきなシロクマはとても苦しんで死んでいった
私はそれを直視できなかった
私はただの物語の傍観者であった
最後にシロクマはメッセージをひとことふたこと残していた、男の子へ宛てたものだった。
それは男の子と過ごした昔のことと、シロクマの好物(具体的に何かだったのだけれどわすれた)がたべたい、ということだった。

なんだか暫くして思ったことだけど、印象としては多分、
映画「グリーンマイル」の感じ、だろうかな。
冤罪は、だれかにとっては罪である必要があるだとか。

夢から現実へ肉体が戻ってくる瞬間がとてもはっきり、わかった。
ぎゅうーと押しつぶされそうだった心臓の圧力が、ふ、と一気に和らいで、もどってきた。

起きてからもしばらく苦しかった。胸のあたりに何か詰まっている感覚
絞首刑になったクマの最初の表情、とても人間とおなじ、驚きの表情、そこから私は目をふさいだのだけど、それが忘れられなくて、でも忘れてはいけないのだ、と思った。

誰かに対して、違う生物だからといって、違う性別だからといって、違う思想だからといって、違う宗教だからといって、違う生まれだからといって、
不当に残虐に、それを当然として扱うことは、
レイシズムであるし、戦争だと思う。

ぼくが表情も変えずに殺す虫や、肉や魚、もしかして植物にも本当は意識があるのだとすればそれら全て、あるいは大地、大気、
そして経済大国で住むことによって無意識に世界のどこかで虐げているのであろうおんなじ人間に、
ぼくは同じように仕返しとして、よってたかって絞首刑を受けてもしかたがないのだろうなと思う。

それでもお前に、お前が、どうしてもお前が、
生きる価値はあるのか??

ずっとそんなことばかり考えてきた。
まだマシに伝わる言葉にできているなと思ったのはごく最近数ヶ月のことです。
でも根本的に僕の思想というのはこういうことでした。
自分の思想はずっと、大して変わってないと、自分では思っています。
変わったとすれば、ひとへの触れ方、態度と振る舞い、言葉の選び方や思いやりの行使の仕方、どうもそういったことかと思われます。
 
 
 
・・・

2014/01/29 テンションがあがっている
ギターもうまくなりたいな。曲を形にしたい。
それもそうやけど、なにより、ぼくはバンドがやれるみたいや!うああ!
そんなん、スタートラインでしかないけど、自分にとっては、うああー!おえおー!おえー!ぎゃぷー!
 
一回おちつこう。
仕事すませよう。
パイセンにも、同期にも、ヘルプしてもらいすぎやー
 
ああ、
自分がいつも聴きにいく 大好きな歌うたいの人に おせじやとしても ちょいと褒めてもらえたときの気持ちなんて。
スキップしかないでしょう。
 
お腹いっぱいご飯食べたら
そうよね
この眠気よね。

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