スペイサー

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JR京都駅前、かなり防寒して眠ってるホームレスのおっちゃんがいる。
去年の冬からいつも見かけるので、姿でわかる。
 
今日は意図せずして 一日フリーになってしまったので、
なんかひどく 不具者の気分で 駅前を、目的もなくフラフラ歩いてみて、
そのおっちゃんを探してみる。キョロキョロ見回してみるけど 見当たらない。
 
いつもおっちゃんが寝てる場所に、ぺたんと座り込んでみた。
京都タワーを眼前に見上げる。背中とおしりに、つめたい石の感触。少しずつ体温が奪われていく。
目の前を、足早に通り過ぎる人たち。横目に見える、ガラス越しのカフェのランチタイム。
誰も私に興味がない。誰も私と目を合わせない。
当たり前を守るだけ。 守るものだけ、守るだけ。
 
なあ人間、どんな気分だ?
誰にも気にとめられない 転がる石のようなことは?
 
私にはきっとわからないな、できればわからずに済みたい ともきっと、思っている。
悪意に殺される。偽善の二文字が心を蝕むから いつも見ないふりをするけど、きっと進行している。
兎にも角にも、私は恐ろしい。
 
薬局行ってシャンプーとコンディショナー買う。
 
私はここ最近あった大きな地震について 特に何も書いてきませんでした。
たまにこっち(関西)も揺れるからそれは 怖い。
東京に住んでる友達のことも 気になる。
 
駅前の大きな交差点前に出ると、どっかの高校生たちが、声を張り上げて
東日本大震災(と呼ぶのを初めて知った)の募金をつのっていた。
私はおそるおそる、その前を横切り、彼らに背中を向けて 信号待ちをしていた。
 
こわかった。何がかわからないけど、その間に背中から投げかけられるオネガイシマスの言葉が本当に、こわかった。
30秒くらい経ったとき、不意に何かの合図が、頭の中でひらめいた。
私は振り向き、サイフの中の小銭を募金箱につっこんだ。
募金箱を持ってる少年の顔が、どうしても、見られなかった。
こわかった。何がかわからないけど、その間に正面のほうから投げかけられるアリガトウゴザイマスの言葉が本当に、こわかった。
こわかった。
私はその声に 笑いかえしたつもりだったけど 本当はどんな顔をしていたのだろうか。
慌ててその場を離れて信号を渡った。
 
オネガイシマスの言葉が後ろから聞こえてくる、追いかけてくる。
急ぎ足で信号を渡りきったとき、そこに、
いつものおっちゃんが、ゴミ箱をあさっていた。
 
どうして。
 
どうして目の前のこんなに、一生懸命な、
苦しみが救えないのに、
 
遠くで起こった他人の苦しみなんて、救えるものか。
 
この人は生きようとしている、生きようとしているじゃないか。
こんなにはっきり、見えているのに、気づいているはずなのに。
何が違うんだ? お金が必要かもしれない。きれい事だけじゃ生きていけない。
みんな自分で頑張っている。そのうえで助けたいと思うから、助けあう。
じゃあ、この人がこんなふうにしていることの理由を、誰か聞いてやったのか?
本当は、そうやりたくてやってるだけかもしれない。寒そうに見えて、苦しそうに見えて、
ぜんぜん平気で、楽しいって思ってるのかもしれない。それならいいんだ。
それならいいけど、なら、どうしてみんな、目を合わせられないでいる?
 
苦しみの原因が天災であろうと人為的なものであろうと、そこに起こっている人間の困窮に、
違いなんてあるのか??
それを助けたいって思う人の気持ちが、どうして、
どうして、どうして。こんなにも。
違う。
こんなことが書きたかったんじゃない 気が  する
 
悪意に殺される。
自分の中の無関心に殺される。
 
他人は他人だ。
それでも誰かを求め、それでも誰かに愛されたいと思うから、人間は社会のなかに生きる。
 
チャリ修理して帰る。
チャリ屋さんのおっちゃんがすごい優しくて、私は嬉しかった。
「あーあー、ゴムがはずれっちゃってるねえ。これじゃあ走れないからねえ。」
 
「これじゃ走れない」っていう言葉に、自転車への愛がみえた。
 
私は?
ああもうこのさい、私のことなんてどうでもいい