飛べ

今日は空とべそうな空気だった。
街の色もなんだか近かった。
夜になってもそれは変わらなかった。
 
少し助走をつけて、空に伸びてみたけれど、まだ飛べないようだ。重たいのかな!
 
こんな晴れて過ごしやすい日はめっちゃギター弾きたいよね!
朝カレー、あんど野菜ジュース
のちの出勤
今日は昨日の反省を生かし、長袖に、ストールとカーディガン持ってきましたっ!
まじ、ちょうどよかったす。適温になれました。
 
最近は、武者修行 という言葉に胸が踊ります。ヤバい予感ですね。
気づいたら急に変な山登りツアーとかにエントリーしてそうな、そんな雰囲気、夏ですね
 
 
思ってから だいぶ経過してやっと なのだけど、
Googleフォトのアップロードツール ゆうのを見つけて、PCにインストールして、
PC内の写真類をバックアップとれるよーに できた。
スマホ内のはできてたんだけど、PCの写真バックアップできひんな~と思っていたのだった。
 
今朝はニュース少し読もうとしてみたけど やっぱり 鬱になりそうな事ばかりだったので途中でやめた。
でも目をそらしつづけて、ハッピーなことだけ見ようぜ!っていうのは理解できない
 
人間は、理性や理屈で動いているようにみえて、じつはすごく「バランス」のとりにくい生き物だな、
じつは、というところがミソなのではなかろおか、
どなたにも制御のきかん、やりすぎた経験があるだろう、
 
人間社会は、正直、そんなこと「ばかり」で出来ている気がする。
みんな冷静に分析をしようとするし、悪い経験から再発防止策を練ったりする、ように見えるけれど、そんな風に上手に集団は、バランスを取れないものなのじゃないか。
 
誰かが良い人間であれば、誰かが悪い人間の役割を演じるような、バランスのわるさを必然的に求めていくような。
いな、もちろん、良い人間の影響で良い人間が出来上がるのも必然的だ。
やさしさが やさしさを繋いでいくことも。憎しみが 憎しみを繋いでいくことも。
うねりのようなもの。感情、フィジカルは絶対に無視できない、わかってはいても、理解を越えられない、他人の壁、
誰かが言った、こんなに残酷で凶暴で欲望の限りがない生き物はかつていないと、ぼくはその言葉を信じた。
 
なんとゆうかね、愛ってすごいなと思ったのが、
「●●ってそうゆうとこあるよねー、もちろん本人には絶対言わないけど!」とかゆうやつで、
ちゃんと本人がそれを言うと傷つくんだろう、ってわかっていつつ、本人はそうゆう人なんだ、っていうことを
ただただ認めているなあっていう愛を最近目の当たりにしてから。
説明がへたなので、それは良いことなんか?と言われるとあれなんですけど、
その人達にとってはまぎれもなく大切にしあってる関係で、すごくすてきだったんだ。
 
たとえ命をかけても伝わらないこと、理解してもらえないこと、たとえ命をかけても叶わない夢、変えられないこと、
命にあんまり意味は無い、
そんなぼくの命は、それでも奪っただれかの命でできている、
 
 
たしか高校ぐらいの頃に、J-popしか知らんので、知ってる範囲のCDを買ってみたりで聴いていたのだけれど、
たまに「この人は、一体だれのことを歌ってるのだろうか?実在する恋人?家族?もしかして、誰にでもないのかな?もしかして、この人の気持ちでもないのかな?」って疑うことがあった。
ポルノグラフィティでゆうと、100万人のために歌われたラブソングなんかに~♪ってやつだな!
結論としては 聴いた人が勝手に想像すればいいのでどーでもよかったのだけど。
歌は歌だった、アーティストの歴史とか努力とか作品の経歴とか影響とか、ぼくにはやっぱり、どうでもよかったな。
 
わかるかな、
ただこの曲が好きだ、っていうこと以外、ぼくにはあなたと話せることがないってことなんだよ。
これが僕のずっと抱えてきた一つの劣等感だったんじゃないかな、って思う。
一緒にうたうことはできるけど。それでいいなあ、って思えたら、いいなあ。
でもなぜだか、むずかしいんだ。
 
 
昼、おべんと忘れたうえに食べたいものなくて(もうランチも終わる時間だった)難民になってしまった。
ぷらぷら歩いて、ちょっと中華っぽいお店があいていたのでおいしい定食を頂いた。
お腹がきちんとすくということ、ご飯がおいしく食べれるということ、幸せだ
風が吹くたびに襲いかかってくる毛についてはもう諦めました
 
家に帰って日記を整理した。
ずっと長いこと少しずつ整えてきていた、この日記のリンク切れとかが、ほぼすべてととのいました。
あとはめくって消化していくだけです。
ほんとうか、これでもうほぼ全部なんだな、ほんとうに、長かった、
 
 
ぼくはゲーム脳がなにもすべて悪いことばかりじゃないと思っていて、
とゆうのは、「何回だってやり直す」とか、「力をたくわえて出なおしてまた挑む」っていうのは、人生では結構、ふつうにできることだし、すごく大切なことだと思うから。
何回だってやり直せばいい、もう一回、もう一回、時間をかけて、やればいいと思う
 
興味ってものを失ったら、ぼくらただの排泄マシーンなんじゃないのかな、
時々想像して、とても怖くなる、
そうなったらどうしよう、どうしようって、
怖がるこの感情のゆれも、愛おしい

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